きのうは水とまつげしか食べてません

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山手線唯一の無人改札と踏切?文芸家たちも住んだ懐深い田端を歩く【東京散歩】

田端は鉄道の重要な拠点として有名で、鉄道ファンから聖地としても挙げられる場所だ。また芥川龍之介を始めとした文芸家たちがこの地で暮らしていたことから文士村と呼ばれる。

 

そんな懐深い田端を散歩したルートはこちら

田端駅の無人改札

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山手線の駅はどこも大きく、多くの人に利用されているイメージが強いが田端駅には小さな改札どころか駅員もいない無人の改札がある。

 

かつてはこの南口改札が田端駅の唯一の改札だったらしい。次第に駅の利用者が増えたことに伴い大きい北口が作られた。

芥川龍之介の旧居跡

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駅から少し歩くと芥川龍之介の旧居跡がある。住宅街のど真ん中にあるため見逃してしまいそうだが、掲示板が立ってるためわかりやすい。あとから訪問する田端文士村記念館では旧居の復元模型を見ることもできるため、あわせて当時の様子が想像できる。

赤紙仁王像

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真言宗豊山派寺院の東覚寺にある赤紙仁王像。体の悪い部分に貼ると効果があるとされている赤紙で全身を覆われている。もはやどんな姿をしているのかも見えないほどに全身に赤紙が貼られている。
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全身に貼られた赤紙は代わりに病気を受けてくれると信じられ、足が悪い人は像の足に、腰が悪い人は像の腰にこの赤紙を貼るということをしていくうちに全身赤紙まみれのこの像ができあがった。
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かつての姿はこのような石像になっていて、江戸時代末期までは田端の八幡神社にあったもの。石像としての歴史も深く、380年前のもの。

また、病気が平癒した人は草鞋をここに奉納するという風習もあって、どちらも江戸時代当時の風俗や慣習を色濃く残した像である。

山手線唯一の踏切「第二中里踏切」

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西側へ向かうと鉄道ファンには有名な山手線唯一の踏切が見える。「第二中里踏切」は湘南新宿ラインなどが通る高架の上にあり、山手線のみがこの踏切を通っている。

 

かつてはこの場所以外にも踏切があったが、山手線の本数増加により、第二中里踏切のみが残された。3分に1本のペースで電車が通ることから開かずの踏切としても有名。

 

山手線の自動化に向けてこの踏切も無くす方向にあるということで、今回の訪問で見納めになるかもしれない。

かつての山手線トンネル「道灌山トンネル跡」

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第二中里踏切から線路沿いに登っていくと道灌山トンネルの跡がある。こちらもかつて山手線にあったトンネルの跡で、いまではわずかに装飾の一部が見れるのみ。

 

山手線にはかつてここと合わせて2つのトンネルがあったようだが、複々線化に伴ってこのトンネルも撤去されたそう。また、電車のいい撮影スポットにもなっていて、この橋の上から撮影をしている人がいた。

田端文士村記念館

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田端は文芸家たちの集う街でもあったことから、田端文士村として記念館が田端駅の真ん前にある。ビジネスタワーの一階にどっしりと構えた施設は小規模ながらも充実した内容で平日でも客足の絶えない状態だった。
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企画展では「アオハル」と題して文豪たちの青春をラブコメ風に展示してある。芥川龍之介をはじめ、室生犀星菊池寛萩原朔太郎堀辰雄などが携わった雑誌、『新思潮』・『感情』・『赤い鳥』・『金の星』・『文藝春秋』・『驢馬』の関連資料を展示している。

 

現在でも続いている文藝春秋や、児童小説としても有名な「蜘蛛の糸」を掲載した「赤い鳥」には有島武郎泉鏡花北原白秋高浜虚子徳田秋声らが賛同の意を表明し、その後菊池寛西條八十谷崎潤一郎三木露風といった錚々たるメンバーが作品を寄稿した。

 

また、スマホゲーム「文豪とアルケミスト」とのコラボも行っており、イケメンに美化された田端の文士たちを見るためにやってくる女子も少なからずいるだろう。受付では限定のグッズ販売などもされているようだった。

 

施設内の撮影は禁止されているが、最初に見た芥川の旧居を再現した模型が展示してあり、その制作にあたって凝らされた趣向が動画で見ることもできる。芥川こどもたちと木登りをする動画は、そんな時代にもうビデオカメラがあったことにも驚いた。


鉄道ファンの聖地として数多くの場所が残されていたり、JRの本社があったり、新幹線を眺められるホテルメッツがあったり、文芸家たちが集う理由もその田端の懐の深さを知ることでよくわかった。

 

そんな冬。